歴史散策ハイキング・岡山の名城・備中松山城を巡る

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こんにちは、いとちゃんです。 今回は歴史散策ハイキング・備中松山城の歴史などをメインに紹介していきたいと思います。

目次

備中松山城

車での移動

(1)岡山道 賀陽ICから 西に 国道484号線、国道180号線を経由。

(2)国道180号線「川端町」交差点を右折して、城見橋公園駐車場まで。

 (賀陽ICから城見橋公園駐車場まで所要時間:約30分)

高梁駅からの移動

【令和5年度の運行】 
(一社)高梁市観光協会のホームページ<外部リンク>「備中松山城登城バス運行予定表(シャトルバス)」をご覧ください。

 城見橋公園駐車場からふいご峠駐車場までの車両の乗入を規制していますので、登城整理バスをご利用ください。(所要時間:5分) ふいご峠駐車場で登城整理バスを下車後、徒歩約20分で天守に到着します。

 (城見橋公園駐車場から天守まで徒歩でも登城可能。所要時間:約50分)

備中松山城・歴史

備中松山城は、大松山、小松山、天神丸山、前山という4つの峰を持ち、牛が伏せている姿に似ていることから「臥牛山」と呼ばれることもあります。

城としての歴史は古く、1240(仁治元)年、地頭に任じられた秋庭三郎重信が大松山に築城したことにはじまると言われています。

その後は、高橋氏、秋庭氏(後期)、上野氏などと続き、永正年代(1504〜21年)頃から台頭してきた三村氏が、備中松山城を拠点に備中に覇を唱えました。

三村氏は、大松山から天神丸山、小松山などに曲輪群を広げ、山麓には居館に当たる御根小屋も置かれた。当初は毛利と結んでいた三村氏も、三村元親の時代に毛利氏が元親の仇敵であった宇喜多直家と同盟したため、織田信長に通じ毛利氏から離反。

いわゆる「備中兵乱」が勃発する。元親は城を要塞化(砦二十一丸)して抵抗したが、支城を次々と落とされるなど苦戦を強いられたため切腹して果て、ここに戦国大名としての三村氏は滅亡した。

幕末・藩主、板倉勝静(いたくらかつきよ)は、老中首座として最後の将軍、徳川慶喜を補佐し、大政奉還を成し遂げた。藩政では山田方谷を取り立て、藩校「有終館」学頭に任じるとともに藩政改革に当たらせている。領民にも慕われており、JR伯備線の駅名に残され、高梁市のゆるキャラ「ほうこくん」の名前の由来にもなっている。方谷の元には、長州藩の久坂玄瑞や越後長岡藩の河井継之介などが訪れたこともあった。

いざ、ふいご峠から登城

アウトドア・軽登山を楽しむ方なら麓から登山道を利用するのも良いと思いますが、一般の方は鶴見橋公園からふいご峠までシャトルバスの利用をお勧めします。

結構傾斜のきつい階段が三の丸あたりまでは続きます。

三の丸付近の城壁には大河ドラマ(真田丸のオープニング)で使用された圧巻の石垣と天然の大岩がありますので、見ておきたいスポットになります。

まさに圧巻の石垣、こんな所攻め上りたくなくなりますね。

二の丸・三の丸

三の丸は、上番所跡・足軽番所跡の石列が残っており、番所の大きさを確認する事ができます。

大手門の上部に位置し、大手門を見下ろす事ができます。 大手門から侵入してきた敵を三の丸から攻撃できるように配置されています。

二の丸は備中松山城の中で最も広い廓になっており、入り口には二の櫓門があったとされ礎石・柱の痕跡も残っています。

二重櫓

備中松山城の本丸、天守の後方に建つ二重二階の櫓で、水谷勝宗(みずのやかつむね)の天守大改修の際、天和元年〜天和3年(1681年~1683年)の建築で、国の重要文化財。備中松山城内には14の櫓がありますが、天守と二重櫓以外に2階建て(二重二階櫓)の建物はなく、天守に次いで重要な建物と推測されています

本丸御殿

天守は三重三階地下一階の層塔型天守で、黒船来航の前年に再建された江戸時代最後の完全な城郭建築です。また、「現存12天守」の中で、唯一、築城主として瓦には葵の御紋が付されています。

天守、小天守、隅櫓を渡櫓で互いに結び、武備に徹したこの天守建造物群は、わが国の代表的な連立式天守を備えた城郭といわれています。

本丸御殿・内部

一段高い場所にある「装束の間」は、城主の御座所であるとされ、また城が攻められた時に城主が自害をするための場所であるともされる。

2階には、愛宕権現や成田明神など9柱の神を祀った「御社壇(ごしゃだん)」と呼ばれる舞良戸で仕切られた部屋がある。外観は、建物高さが約11mほどで現存する12か所の天守の内では最も小規模であるが、12か所の内では最も高所にある腰板張りで1重目の唐破風出窓や2重目の折れ曲がり出窓など、縦連子窓を多用し、1重目屋根には、西面に千鳥破風、北面・東面に入母屋破風、南面に向唐破風が付けられている。

まだまだある・備中松山城の魅力

備中松山城は季節・目的でもいろいろな楽しみ方があります。

一つは登城記念印(現在は江戸時代に城主をつとめた板倉家の家紋「九曜巴」がデザインされている)

二つ目は初秋の時期の風物詩・雲海になります。

雲海に浮かぶ備中松山城はまさに天空の山城と言えるでしょう。

まとめ

今回はお城めぐりハイキングをメインに紹介してみました。

日本各地に様々な歴史・城跡・城がありますが、初めての方がまず始めやすいのは現存12天守・日本100名城巡りから少しずつ楽しまれてはいかがでしょうか!?

歩いて健康を維持し・歴史も学べるのでアウトドアライフのメインにしても良いかもしれませんね。

今回はここまでです。 ここまでのお付き合いありがとうございました。

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